17 May

美貌の兵

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 小佐田先生の句集が出版されましたのでお知らせいたします。
この句集は、先生が指導教官であった東大学生俳句会のOB有志により、平成20年の秋から準備が進められていたのですが、
そのさ中、昨年の春(平成22年3月23日)に先生が急逝されたために遺句集となってしまったものです。
 東大学生俳句会の機関誌である「原生林」は、先生が立ち上げた東大教養学部作句演習ゼミから生まれたものです。
先生の生前に、東大には俳句を作って単位が取れるゼミがあったと伺っていましたが、この遺句集の編集経緯や末巻の
小佐田哲男選「原生林アンソロジー」などとしてその全貌がこの句集に収められています。
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 この句集のタイトルでもある「美貌の兵」は巻頭にあげられた句です。先生の海軍時代のもので、自分の無事を知った少年兵が
思わず微笑みその無垢の笑顔が心に残った様子。その少年兵を上官が非常時に笑うとはなにごとか、平手で制裁した事に対し
「少尉まて!そこになおれ!!」と怒りたしなめた状況が注記として書かれています。


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 小佐田先生はメモ魔で、A6のノートを常に携帯してモンブランの極太万年筆であれこれとメモを取られていたことは皆様ご存知で
あると思いますが・・・・この句集には「八十五年寸描」として、先生の生い立ちや、先生愛用のメモ帳が「たぬき帳」と呼ばれていたこと、
東大学生俳句会のそうそうたるOB諸氏を学生の頃から「ボーズども」と呼び、句集の編集に集まるOB諸氏は「尻たたき部隊」と
呼ばれていたことなど、海事史学会員には知らざれる一面が数多く書かれています。収められた句は800であり少年期から青春期、
師である山口青邨との出会い、原生林時代、高井戸、井蛙洞暮らしと年代をおって句が収められています。そして、後半には
編集に集まったOB諸氏との写真が収められるなど、うらやむべく強く暖かい師弟の関係が示されている遺句集となっています。
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 この遺句集には、若き先生の姿や美代子夫人との写真が収められています。無断にて転載することをお許しいただき、
ここにその写真をご紹介いたします。海事史学会の皆様もすでにこの句集を手にとられている方も多いかとは思いましたが、
この連載「コサダセンセの詠草」を締めくくるにあたり、あえて掲載させていただきました。学会の例会や、その後の「英香」での
懇親会に小佐田先生の姿なく、元気な声が聞けないことがさびしい限りではありますが、句集に残された800句には小佐田先生が満載です。
 句集の連絡先は 〒168-0081杉並区宮前3−5−12久野方  東大俳句会「美貌の兵」編集委員会です。
 ぜひお問い合せください。



06:19:39 | umi | |

23 April

小佐田副会長の訃報

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  「コサダセンセの詠草」ということで会員通信をお願いしておりました小佐田哲男先生が
平成22年3月23日に虚血性心不全でお亡くなりになりました。
 謹んでお悔やみ申し上げ皆様にお知らせ申し上げます。

 平成21年の駒場において開催された海事史学会の総会における先生の写真が手元に
ありましたので、ここに掲載してお元気だった頃の姿を偲ばせていただければと思います。


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やはり、先生は上のタイトルのように雪舟のダルマさんに似ているような気がしますが・・・・

 田中健夫先生の「ベンキョウチュウ」の補注が未完となってしまいました。その内容について
小佐田先生にお聞きしたことがあります。正確ではありませんがお伝えできる範囲でご紹介い
たします。
 前回の通信で、田中健夫先生と小佐田哲男先生はNHKの人形劇「ひょっこりひょうたん島」の
大ファンであったと補注されておりました。実は田中先生はこの「ひょっこりひょうたん島」の放映
時間に大学の講義の後半が重なっていたために、講義を早めに切り上げて研究室に戻りTVを
見ていたとのことです。そこに小佐田先生が現れて、もう講義が終わったのかということで声をか
けたそうです。声をかけたのだけれど熱心に画面を見ていてなかなか返事が返ってこなかったと
ころ「今、ベンキョウチュウ!!」と返事が返ってきたそうです。不思議に思って研究室の中に入っ
たら「ひょっこりひょうたん島」がかかっていて思わず一緒になって見てしまい、それからというもの
小佐田先生もすっかり「ひょっこりひょうたん島」ファンになってしまったそうです。
 小佐田先生は田中先生において、この歳になっても衰えぬ好奇心と探究心の原点はここにあり
ということを詠草されたということになるのでしょうか?
 おりしも、この「ひょっこりひょうたん島」の作者である井上ひさし氏も亡くなってしまいました・・・・
なにかさびしく悲しい気持ちになりますが、改めて小佐田先生のご冥福をお祈りいたします。




05:04:51 | umi | |

31 December

コサダセンセの詠草 3

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 今年も暮れていきます。1962年設立の海事史学会も47年目を迎えています。2010年は48年となり50周年まで
あとわずかとなります。
 しかし、今年は設立当初からの主要なメンバーの残念な訃報が届いています。海事史研究の書評、文献目録を
担当されてきた小川博理事、そして田中健夫副会長の訃報ということで、小佐田先生もさぞ力を落とされていること
と思い、連載のお願いもはばかられることと思いましたが、原稿をいただきましたので掲載させていただきます。



補注後編
<早よ送稿せにゃ>とこころばかりは急(せ)いても時間が取れぬを奈何せん。織りしも、余は2009年の年男、日本
国唯一、国立大学正規の演習「作句演習」(年2単位、入学から卒業まで取得せば8単位 ―各学部学科主要講座
と同単位)創設者なるに拘わらず、84才の本年にして一冊の単独句集すら無きは、まことにブザマ― という言葉
は使はざりしも同意― なるテイタラクではありませぬか?とて、わが往年のゼミの同輩ども十数名、わが庵 ―井蛙
洞と宣(なの)りをり― に襲来、余が尻を叩くべく毎月シッタゲキレイの最中(さなか)にて、ココロナラズモ延引中、マ
サシク晴天の霹靂、畏友ベンキョウチュウ大兄の訃報! ―申上ぐるべき言葉もなきまま徒(いたずら)に時日を送り
つづけし次第。何ともお詫びの術(すべ)もなきまま呆然自失。只々地に伏して・・・・・・・・
 されど、これ以上の沈潜は恕されぬこと、涙を打払って次回以降、補注をつづけさせていただくことをお誓い申し上
げて、とりあえず今回はこれにて・・・・・


20:24:01 | umi | |

27 October

コサダセンセの詠草 2

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 第2号が遅れました。原稿をいただいておりましたが、第1号の補注を、という小佐田先生の申し出により、
しばらくストップしているうちに時が流れてしまいました。その後、例会でお会いして補注を頂だいいたしまし
たので第2号の末尾に補注(前編)をご紹介いたします。


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牛歩にはあらぬ蝸牛歩ちよろづの御手賜りて知らぬ日月へ



ここで、小佐田先生による前回のベンキャウチュウの補注をいれさせていただきます。


十二支を七周りしてまた子歳ベンキャウチュウと呼びまつる君
「前回、副会長・田中健夫兄に捧げさせていただきました拙詠には、若干の補注がないとご理解いただき難い
のでは?と愚考いたしましたので―

 健夫大兄は子歳のお生まれ、それも六十年に一度しか廻って来ない≪甲子きのえね≫でいらっしゃいます。
不肖筆者は、翌、乙牛(きのとうし)の産れであります。
 ところで、おのおの方、今より三十〜四十年前、一世を風靡いたしましたNHK人形劇「ひょっこりひょうたん島」
のことをご存知でいらっしゃることと存じ上げております。そして、東大教授―当時、何千人居たか存じませんけど―
筆者の知る限り、熱狂的なファンは健夫兄と、斯く申すわたくしとのたった二人だけでございました・・・・・・・・・・
【以下次回】



11:09:48 | umi | |

25 April

小佐田副会長のブログです  平成21年2月14日   




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ブログを開始するにあたり小佐田哲男副会長に「今月の一句、一首」をお願いしました。
早速快諾いただき「一句一首のどちらも表す言葉なら詠草がよい」とのことで、このタイト
ルになりました。ほぼ、毎月1回のペースで連載する予定ですのでご期待ください。
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十二支を七周りしてまた子歳 ベンキャウチュウと呼びまつる君

会員の皆様、もしくは一般のアクセスしていただいている皆様、今回の小佐田先生の詠草は
同じ副会長の田中健夫氏によせたものですが、よろしければ小佐田先生に一言およせください。
下記のコメントにてお願いいたします。  
07:21:42 | umi | |