Archive for July 2009

25 July

宇佐見湾だより

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今回から会員の外岡大成氏による宇佐見湾だよりの連載が始まります。
宇佐見は伊豆半島の相模灘に面した伊東と網代の中間点に位置します。湾には歴史があり江戸時代から
船の出入りがあって今でも様々な船が訪れるそうです。その宇佐見の歴史や湾を訪れる船の様子を届けていただく予定です。

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いで湯とみかんの里でよく知られた、伊東市宇佐美の海辺です。いまは多くのサーファーでにぎわっておりますが、江戸時代初期には、
徳川将軍の威光を高めるため、巨船、安宅丸が建造された所とされております。詳しくは海事史研究、第22号 、第27号、石井謙治氏
による『巨船安宅丸の研究』、『安宅丸の艤装上の矛盾と計画者のこと』をご参照されたし。

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下の写真は、懇意にしている宇佐美の旧家に、古くから伝わる家宝、毘沙門天像です。古くから武神としてあがめられ、唐の軍神、
李靖のすがたを模し、足下の邪鬼、左手の金塔などよくみられるタイプです。温和な表情、威圧を感じさせないのが印象にのこります。
戦国時代には、上杉謙信が信仰していたことでも知られており、最近では、イラク復興支援部隊の車両にも「毘」の文字が書かれた
そうです。当家のご主人曰く、この像は、豊臣方についていた先祖が、関が原のいくさに負けたあと、海路、当地まで運んできたとの
ことです。その後、当家はみかん栽培を手がけながら今日にいたっています。

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17:58:30 | umi | |

鞆のことなど

 鞆の浦については、なにかと話題になっているのでご存知かと思います。ここでは開発に賛成か反対かを論ずること
ではなく、昭和初期の鞆がどのような風景であったかをご紹介したいと思います。


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 ここが開発されようとしている場所の中心ですが、下の写真の中ほどに常夜灯が見えています。この写真は大正から
昭和初期のものと推測されるのですが、船はまだまだ古い船型をとどめたものが多いのに驚かされます。そして、こん
なに美しい風景であったということです。スタジオジブリの社員旅行で鞆の浦を訪れた宮崎駿監督が、鞆のたたずまい
が気に入って、その後、2カ月間滞在して「崖の上のポニョ」の構想を練ったということだそうですが、なるほどという気が
します。

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 ちなみに、福山市の開発計画は、常夜灯の前を自動車用の橋が横切るという計画のようです。 観光拠点とし
て常夜灯の前に橋上の展望デッキを付けて海側から鞆の街並みや風景を堪能することができるとか。
歴史的街並みを観光資源としている地方都市は多く、最近では、我が、埼玉県川越市の蔵造りや、滋賀県長浜の
黒壁が有名ですが、古くは小樽の運河、柳川の水郷などもしかりです。 みな取り潰しの危機を市民が救って残した
貴重な歴史的財産であることは誰もが知っていることです。 そして、なんとか古い状態で維持することに市や自治体
が予算を使い市民とともに心配りをしている訳です。そのことが歴史的財産として価値があり観光客を満足させること
に繋がり、結局、人が集まり自治体が潤うということを実証する好例ではないでしょうか。
 もし、福山市が展望デッキ付きの橋を架けることが将来の観光施策として有効であると本気で考えているのであれば、
その行政的センスに著しく疑いを抱かざる得ません。開発関連事業で利権を持つ一部の人や業者のためであるなら、
それはそれで福山市はそちらを取るという判断をしているのでしょう。少なくとも鞆の観光振興のために開発するという
福山市の主張は正しい説明ができなのではないかと考えるのですが。


17:22:54 | umi | |